・槍ヶ岳(3180m) 2002年8月1日〜4日
| 二日目 徳沢〜槍ヶ岳 (総行程9時間50分) ・朝は快適・・・お昼頃から雨(寒い) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() 横尾山荘前から前穂高東壁を望む |
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小休憩の後槍沢を目指し出発した。吊り橋の横尾大橋を渡ると涸沢、穂高方面だが今年は槍沢から槍ヶ岳 に向かうこととした。槍見河原、一ノ俣谷、二の俣谷をやり過し槍沢ロッジへ到着。ザックを降ろしロッジ 前のベンチで暫くの休憩タイムである。水分の補給、エネルギーの補給を思い思いに果たした。 この時点では、まだお天気も良し、疲れも無し、全員元気いっぱいで、纐纈隊員などは駅前NOVAで鍛 えた怪しげな英語を駆(苦)使しスコットランドから来たと言う青年と解ったような顔をして話していた。 また、中山隊員もべランメイ英語か上方英(落?)語かよく解らないが河童橋までの所要時間を間違って教 えたり、オットドッコイ槍ケ岳登山道中膝栗毛の状態である。 |
![]() ババ平旧槍沢小屋跡で |
1時間程でババ平の旧槍沢小屋跡に到着した。このあたりから沢づたいに少しづつ勾配がきつくなってくる が、右手にニッコウキスゲの群生を、左手に雪渓を見ながら気分良く登ることができた。西岳方面への水俣乗 越の分岐、南岳方面への分岐を過ぎた頃、昨日からの心配が現実になってきた。槍の頂上を覆い隠していたガ スが見る間に頭上に迫り雨が降りだした。「傘を持ってくると快適」と持ち物チェック表に書いておいたが、 「必需品」とすればよかったと後悔する。持って来なかった隊員は降ったり止んだりする雨に翻弄された。カ ッパを着ていれば暑い、脱げばまた雨が降り出す。この繰り返しがなかなか大変。きつくなった勾配と相俟っ て次第に疲労が大きくなって足が前に出なくなり、休息も多くなって時間もどんどん経過した。高度が増すに つれ雨も激しくなり気温も下がってきた。傘で快適にと思っていた我々も、かなりの寒さと横降りする雨に降 参しカッパを着込み手袋をするに至った。日頃は元気良くメンバーを叱咤する静岡川島隊員もこの日ばかりは 体調不良で口数も少なく遅れ気味であった。 |
![]() ババ平付近のニッコウキスゲの群生 |
![]() | ようやく殺生ヒュッテへの分岐点に到着した が、一番の難関はこの先であり最も登攀がきつ くなる。槍の穂先、山荘はガスでまったく見え ない。快晴ならすばらしい景色だろうと想像す るが、殺生ヒュッテに到着しホッとしても、上 を見ると頂上はまだまだ遠い。「そんな殺生な !」とぼやくことから名付けられたかどうかは 知らない。雨風は益々強くなり、メンバーの体 力も限界に近づいて隊列も長くなるばかりであ った。 |
![]() この辺から勾配がきつくなり、雨が降りだした |
山荘までの距離が100m毎にペンキで表示してある辺りまで来ると、目に見えて目標が近づいてくることが判り少し元気が出るが、気持ちほど足は出ない。最後 の正念場、後は気力だけで登った感じだ。予定より3時間遅れで午後3時槍ヶ岳山荘到着。一昨年以来だが玄関、売店などが改装されて綺麗になっていた。聞くと 6日前から使っているとのことであった。早くチェックインすれば少しは条件の良い部屋に泊まることができるだろうと、亀洞リーダーを待たず宿泊申し込み票を 書こうと思ったが、メンバーの名簿を持っていなかったので住所等が判らない。暫くすると次々にメンバーが到着しようやく書くことができたが、静岡松下隊員は 寒さのため手がかじかんで全く字が書けない状態だった。天気はいっこうに回復する気配がないので穂先への登頂は諦め、明朝状況を見て登頂することとした。 とくると夕食までの時間はお決まりの酒盛り。早速ビールを買い込み、狭い二段ベット階下で乾杯!纐纈隊員持参のワインは出てくる、中山隊員の肥後熊本の馬 肉の燻製は出てくる、皆のザックが重い理由はこれだ。しかし最高!夕食を済ますと泥のように寝入ってしまった。 途中静岡川島隊員の眼鏡のフレームが折れるアクシデントがあったが、纐纈隊員、小池隊員の機転で応急処置を施し、なんとか使用に耐えられるようになった。 |